1.概要
弥陀はこの十九願で善を勧め、釈迦が廃悪修善を説かれ、しったかぶりの観念の遊戯ではなく、実地にやらせることにある。と親鸞は仰せになった。
廃悪修善:悪をやめ、善をすること。
観念の遊戯:あれこれ考えるだけで何も実践しないこと。
2.文証・概説
十九願は阿弥陀仏のどういう約束なのか。「修諸功徳の願」と言われる。
「設い我仏を得んに、十方の衆生、菩提心を発し、諸の功徳を修し至心に発願して、
我が国に生れんと欲わん。寿終るの時に臨みて、たとい大衆と囲繞して、
其の人の前に現ぜずば、正覚を取らじ。
(私が仏になるとき、あらゆる人たちが菩提心を起こし、もろもろの善根功徳を修め、ひとすじに私の国に生れたいと願うなら、その人々の臨終の時、私は多くの聖者たちと、その人の前に現れましょう。それが出来ないようなら、私は悟りを開きません。)
3.補足説明
親鸞聖人は弥陀の十九願を「和讃」で次のように解釈している。
「至心発願欲生と 十方衆生を方便し
衆善の仮門ひらきてぞ 現其人前と願じける」
(すべての人よ、真剣に善に励めば臨終に迎えに行こう)
これは、十八願に導く、方便(目的を果たすために不可欠な手段)であると。
この教えは「因果の道理」の教えに通じるものである。(別途詳述)
この因果の道理は釈迦のみならず、諸仏の共通の教えになっている。
「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」
(諸々の悪を作ること莫れ、衆の善を奉行し、自らの其の意を浄くせよ。是れ諸仏の教えなり)













