親鸞聖人の生涯

親鸞さんの心の生き方の教え10項目(前編)

2023年1月

(親鸞聖人の生涯について)

<はじめに>

親鸞聖人の教えについて、僭越ながら、私なりにすぐれた、いち先人の知恵(私にとっては教え)を10項目くらい選んで一つの指針(羅針盤)になるのではとの思いでまとめてみます。
その教えの基本的考えが「平生業成へいぜいごうじょう」で、その実践をしていくと、あるとき突然(一念いちねん)に、現世で「絶対の幸福」と来世で「極楽浄土に往生」の二つの人生目的が達成と確定できるといています。

この前編では親鸞聖人の生涯について概説してみました。(後編で教えについてまとめてみます)一人の人間の人生は長いとは言えないが、幼少期、青年期、壮年期、老年期を過ごしながらいろんなことに遭遇し、それぞれの時代で気づきがあります。
親鸞聖人もいろんな状況に遭遇してきました。時代、時代に気づき、体験し、周囲の方々の支えがあって、より良い生活にするために修行を重ね、生きている時に人生のさとりの一歩手前(正定聚しょうじょうじゅくらい)までいきつきました。そして、気づきに真摯(しんし)に向き合いながら生活をし、さらに、その気づきを書にまとめ、その教訓を流布るふ布教ふきょう)することに生涯を費やし、おもに多くの庶民のすくいとなる精神的手助けをされました。
亡くなられると、さとりを得て極楽浄土にかれたとされています。そのあと、後継者となられた方々がその教えを現代にまで引き継いでおられます。

親鸞聖人のおっしゃっている最終目的のひとつは十方じっぽう衆生しゅじょう(すべてのひと)が現世で「絶対の幸福」になることです。その教えのもとは阿弥陀如来の本願で、苦悩のすべての人を救う信楽しんぎょう信心しんじんにあります。
詳細は後編で詳述します。

親鸞聖人は人生の目的を達成するために「早くかいをわたす大船たいせんに乗りなさい」とおっしゃっています。
親鸞聖人の主著である「きょうぎょう信証しんしょう」の冒頭に次のようにおっしゃっています。

難思なんし弘誓ぐぜいは、難度海なんどかいする大船たいせん無碍むげ光明こうみょうは、無明むみょうやみする慧日えにちなり」
同じ意味のことを別書(高僧和讃)で次のように述べています。
生死しょうじ苦海くかいほとりなし、ひさしくしずめるわれらをば、弥陀みだ弘誓ぐぜいのふねのみぞ、のせてかならずわたしける」
(概説:阿弥陀如来の誓願(本願)は無明の闇を破り、苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく楽しくわたす船である。この船に乗ることこそが人生の目的である。苦悩に満ちた世界から絶対の幸福にする世界に導いてくれる大きな船のようなものある。)

さらに次のように述べています。

まことなるかなや、摂取不捨せっしゅふしゃ真言しんごん超世ちょうせ稀有けう正法しょうぼう聞思もんしして遅慮ちりょすることなかれ」(教行信証)
(概説:本当だった、弥陀(阿弥陀如来のこと)の本願はうそではなかった。本物だから、早く、ちゃんと聞きなさい)

摂取不捨の真言:どんな人(十方衆生)も必ず、絶対の幸福にすくって、捨て無いで救うと誓われたこと。
でも、そうなるには簡単ではないよ、と次のように言っています。

易往而無人いおうにむにんというは、易往いおうはゆきやすしとなり、本願力ほんがんりきじょうずれば本願ほんがん実報土じっぽうどうまるること、うたがいなければやすきなり。無人むじんというは、人なしという。人なしというは真実信心しんじつしんじんの人は、ありがたきゆえに実報土じっぽうどうまるる人稀ひとまれなりとなり」尊号真像銘文そんごうしんぞうめいもん
(概説:弥陀の浄土には往き易いのだが、実際には大悲の願船に乗る人は稀だから)
易往而いおうに無人むにん」はお釈迦様が「無量寿経むりょうじゅきょう」に説かれているが、それを親鸞聖人が取り上げています。

親鸞聖人は阿弥陀様の本願がお釈迦様に引き継がれたことを知り、法然上人から学んで救われたと述べています。そして、その経験をみなさま(十方じっぽう衆生しゅじょう)にも学んで救われてほしいと布教に努めました。
上記の文言が表しています。
しかし、親鸞聖人本人は「私の教えは選択肢の一つ」で、「最終判断はあなたです」ともおっしゃっています。

私は親鸞聖人の教えは良いと思いますが、最良とまでは言えないということでしょうか。

 

<親鸞聖人の生涯について>

親鸞聖人がどのような生涯を送られたかを簡単に概説してみます。

平安時代末期の1173年5月21日に生まれ、鎌倉時代の1262年11月28日(西暦)に亡くなり、90歳で生涯を終えました。当時としては長生きされた聖人にどのようなことが起こり、心や行動がどのように変わっていったのでしょうか。(亡くなられた日を太陽暦で1263年1月16日にされている宗派もあります)

(1)、8歳までにご両親を亡くされ、9歳で比叡山の天台僧になり、20年間におよぶ過酷な修行をされた。
この時点でいくら修行をしても、さとることも、煩悩が無くなることもないことがわかり、下山を決断した。

(2)、1201年、29歳の時に山を下り、六角堂ろっかくどうに100日間こもる予定で、瞑想していた時、95日目に救世くぜ観音かんのんの姿で現れた聖徳太子の夢告むこくを受けた。そのあと、法然上人のもとに出向き、ご縁ができた。
(1201年に法然上人の弟子となる)

(3)、法然上人から専修せんじゅ念仏ねんぶつの教えを学び、阿弥陀仏の本願(48しじゅうはちがん)をはじめとする教えに取り組んだ。
29歳から6年間法然上人の元で過ごした。
(法然上人は1175年に専修念仏の浄土宗を開いた)

(4)、親鸞聖人は阿弥陀仏の本願成就(平生業成へいぜいごうじょうの達成)によって、今までの修行もあってか、すばやく29歳の時にさとりの一歩手間(正定聚しょうじょうじゅくらい)までいき、救われたことを実感した。

(5)、親鸞聖人は阿弥陀仏の本願が釈迦如来を筆頭にインド・中国・日本の7高僧しちこうそうにより、引き継がれたことを知り、多くのことを学んだ。
31歳の時に旧来の仏教の戒律を破り、公にご結婚し、肉食妻帯を禁じている仏教界に波紋を引き起こし、非難を一身にうける。7人の子をもうける。

(6)、従来の加持祈祷(かじきとう)、貴族中心の仏教(しょうどう仏教ぶっきょう)から、法然上人の民衆主体の仏教(浄土じょうど仏教ぶっきょう)を引き継いだ。

(7)、法然上人の浄土仏教は旧来の仏教界にうとまれ、1207年、朝廷より念仏停止ねんぶつちょうじの命令(承元じょうげん法難ほうなん)が下り、弟子4名が死罪、法然上人を含む8名が流罪るざいとなった。
親鸞聖人は死罪をまぬがれ、越後に配流はいる(1207年:35歳)になった。(流罪期間4年)
赦免しゃめん後、帰京した法然上人が亡くなったことを知り、再会することなく今生の別れとなった)

(8)、流罪が赦免(1211年:39歳)になった後、3年ほどに越後に留まって、1214年(42歳)の時に常陸ひたちの国へ行き、布教と著述活動を精力的に行う。主著である「きょうぎょう信証しんしょう」の草稿を1224年(52歳)に完成させる。

(9)、その後、親鸞聖人60歳ごろに京に戻り、76歳以降、多数(10以上)の書を著作し、布教にも努めた。
84歳の時に長男が仏法をそしった行動をとり、改めることがなかったため絶縁した。
ご臨終には子息、末娘、弟子2名の計4名に看取られ浄土にかれたと言われている。

(10)、親鸞聖人没後、弟子の唯円ゆいえんが親鸞聖人の教えを曲解きょっかい歪曲わいきょくして言いふらす者が現れ、それに対して、歎異抄たんにしょうただされた。
(歎異抄は親鸞聖人没後、26年過ぎた1288年ころの書とされている)

(11)、親鸞聖人の教えを受け継ぐ主要な宗派は10派といわれるが、大きくは2系統(2派)と言われている。
近年、東京浅草の東本願寺は独立したようだ。また単立で教えを引き継いでいるお寺もある。
後継者問題では時として、時代背景、血統、法統等の見解の違いで種々の権力闘争があり、その都度、後継者が選ばれてきた。親鸞聖人から現在25代、26代まで基本思想(教え)は引き継がれている。

親鸞聖人の教えは阿弥陀様の本願が出発点となっていて、阿弥陀様はすべての人間(十方じっぽう衆生しゅじょう)は悪人と見抜いたところから始まっています。そんな十方衆生(すべての人)を救うと誓われたのが誓願(本願)という。

いろいろな教えによって、人間、悪人から徐々に善人方向に進化してきていると勘ぐっています。人により進化具合や質の差はあるにしても、すべての人が改善途上ということだと思います。しかし、親鸞聖人は如何なる人も縁(ごうえん)があれば、極悪人(悪化後退)にもなるとおっしゃっています。
それゆえに、すべての人に「絶対幸福」と「極楽浄土往生」のだい人生目的を達成してほしいと願われました。
初めての方や興味のある方に親鸞聖人の教えについて、まず10項目くらいをお示しして、その教えを各自で評価・判断していただくのがいいのではと思いました。
親鸞聖人の教えは、ここでしめすものの100倍、それ以上もあり、奥深いものです。これを機会に、書籍や仏法法座参加等から学んで肉づけされていかれてはいかがでしょうか。
この学びは尽きることはないと思いますが真意や本質を理解し、ことばだけ(口さきだけ)のものにならず、心のこもった言動と行動になってほしいと思います。
このしゅの教えは一回だけでは理解するのが難しいので、繰り返して学んでほしい。

私もこの絶対の幸福をめざしてはいますが、そう簡単ではなく、教えをしっかり実践しなくてはと思っています。
まずは無くならない煩悩との戦いで、決して無くならないが、煩悩が気にならないで生活ができればなんて思っています。(無理でしょうが)

みなさまにもいろいろな手本(よりどころ)があると思いますが、私の場合、一番のよりどころは、母の生きざまです。母は2022年5月に満100歳を迎えました。その母の歩みは今も私の心に残っていて、今現在の生きる糧になっています。誰にでもあると思いますが、親の愛は子に対する無償の愛というのでしょう。これを小慈悲しょうじひ小悲しょうひともいう)といい、かけがえのないよりどころの一つと思います。
(その上には大慈悲だいじひがあります。阿弥陀様からのものです)
私は周りの支えと親鸞さんの教えも心に置き、相乗効果で絶対の幸福を目指して学んでいきたいと思います。

後編に続きます。よろしくお願いいたします。

合掌

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