じぃのアラカルト

後期高齢者(75歳)になり、思うこと

2023年5月

◆今、残りの人生を考えてみた

 

今年(2023年)4月に「後期高齢者」の仲間入りした。

現在の日本での年齢帯を区分する呼び方の一つではあるが、この歳では一昔前ならほぼ生存していないだろう。現在、生かされていることに、感謝するとともに、明日のことはわからないが、今の調子でいくと、しばらくは、突然の危機(重い病気や自然災害等)がなければ生きているだろうと思うので、これからどう生きていくかについて、私、個人で考えてみた。

先日、「後期高齢者医療被保険者証」が届いた。現在の日本の人間社会運営の基本となる一つの制度として必要なのであろう。将来は人間の生態や社会情勢等の変化で、見直しがあると思うが、私が生きている間は続くだろう。

後期高齢帯の後に何があるか、ある方の分類によると末期高齢帯、そして臨終期高齢帯の分類があると言う。それぞれの年齢帯の定義はしていないようだ。私はつい、さらに先があるように錯覚して、かりに、それぞれの分類帯を生き抜くとすると、まだまだ、時間的余裕があるように思ってしまう。
(これから先、自身の健康状態、世の中の変化、災害等、何があるかわからないので一概には言えないのは重々承知しているが。)

高齢期をこれからどう生きるかについて考える(現時点での個人的考え)
(各人にそれぞれに生き方・思い・価値観、があり、みんな違うこと承知している)

地球気候変動による自然災害の発生、ロシアのウクライナ侵略の今後、コロナ禍の今後等、地球規模で影響をおよぼす変化も予想され、その進行状況に寄り、自然も社会も個人も、どう変化していくかわからない昨今である。

私自身、今の生き方がすぐに変わるわけではないが、次のようなことをより意識して生きていこうと思う。
(肉体面では衰えていくのはわかっているが、精神面では負けないように、両面でできるだけ維持できるようにやっていき、両面でバランスがとれたらいいなーと思う)

簡単に今後の生き方をまとめてみた。

(心身の状況により変わっていくが、しばらくは今の延長ができるとして)

① 生計の維持:年金をベースに生活しているが、節約に心掛ける。

② 趣味を楽しむ、健康の維持:テニス、家庭菜園、近所の散歩、サプリ飲む。旅行もしたい。
やる気を出してやる。やりすぎると疲れる。疲れは大敵・病気の元、体・頭・目の疲れを感じたら、解消のため、充分休む。そうすればまた元気に復活できる。

③ 生活での心掛け
・行動は「ゆっくり」を心掛ける。少しは余裕ができる。やれることはすぐやるようにする。
・できるだけ「親切」を心がける。やれることをやり、やれないことはやらない。
・お寺で仏法法話を聞く。心が落ちつく場所。仏教の価値観を知ることができる。
・「良い手本(よりどころ)」を大事にして、やれることは継続してやる、やれないことも多い。

④ これから特にやること
・「親鸞聖人の教え」を学んで活かしていく。阿弥陀様の極楽浄土に往くため。

一瞬の不慮の事故、身体の不調もあり得り、入院治療しても1年以内に逝くこともある。
体を動かし、頭も働かせることを忘れずに、健康第一に留意していきたいと思う。

以下、同じようなことを、違うまとめ方で、親鸞聖人の具体的な教えをまじえ、書いてみました。

一つ目は衣食住が普通に整い、健康を気にしながら生活をおくること。

二つ目はどうしても生きなければならない理由があること。

三つ目は生きる手本(よりどころ)を見習ってできるだけ実践すること。

四つ目はできるだけ親切心をもって功徳を積むこと。
(価値観がみんな違うので、ある方にとっては迷惑なことがあるかもしれないが、自分では計り知ることができないこともあると思うが)

五つ目は自分自身の挑戦(安心と満足)ともいえることをやっていくこと。
(趣味等の好きなことをやっていく)

六つ目は親鸞聖人の教えの学びをHP・書籍等にまとめること。
(親鸞聖人が高齢期に大活躍したことにあやかって、自分もやれるだけ頑張ってみたいと思う)

六つ目についての補足
親鸞聖人がおっしゃっている、凡人がやるべきことについて少し補足します。
(それは親鸞聖人の教えについて、学んでいる最中でありますが、自分なりに解釈し、まとめておりますのでご了承ください)

親鸞聖人は先人*の教えをとことん学び実践された方であり、その膨大な教えを「凝縮」・「選択」し書籍等に残された。それが後継者に代々引き継がれ、現代にまで伝承されている。
(*先人:阿弥陀様、お釈迦様、七高僧等)

仏教界の人間修行には2通りあるとされていて、「自分を追い込んでの修行(自力修行)」「阿弥陀様にお任せしての修行(他力修行)」があるという。

私の修行は後者でお任せの修行で「疑いなく信じる」を目指すことで、きわめて簡単・単純である。これで精神的にあまり長く悩むことが無くなっていくように思う。一方、自分を追い込んで修行するものは、それをやれている時にはめりはりがあってよいようだが、一旦、はなれると、迷い・苦悩が一層出てきて、精神的に不安定になる方があるようです。

以下の項目が親鸞聖人のおっしゃっている「他力修行」の行動のベースであるようです。

次の歎異抄たんにしょうの第一章」文言もんごんの始めに私たち凡夫ぼんぶすくわれることを、言い表しているようです。

弥陀みだ誓願せいがん不思議に助けられまいらせて往生おうじょうをばぐるなり、と信じて、念仏もうさんと思いたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨せっしゅふしゃ利益りやくにあずけしめたまうなり」

親鸞聖人は私たち凡人が救われるためには、弥陀の誓願うち、次のみっつのがんの実践とおっしゃっています。

弥陀の本願・第19願
「真剣に善に励む」(そうしないと阿弥陀様に救っていただけない。極楽浄土に往けない)

弥陀の本願・第20願
一心いっしんに南無阿弥陀仏(お念仏)の名号みょうごうとなえ、阿弥陀仏に感謝をあらわす」
(そうしないと阿弥陀様を疑ったことになり帰依したことにならない)

そして、弥陀の本願・第18願に至る。

第19願と第20願が合わさって阿弥陀様が第18願へ導いてくれ、完全に疑いが無くなることで、必ず救ってくれることの帰結である。

これらの修行で、第18願が成就されると、ねん仏者ぶつしゃ無碍むげ一道いちどうなり」(歎異抄第七条)の境地になり、すべての迷いの者(十方じっぽう衆生しゅじょう凡夫ぼんぶ)が煩悩から救われ、煩悩が清らかになるので、日常生活での簡単な修行を続けていきなさいと。

そして最後は、これらのことをやっていけば、ある時突然(一念いちねん転入てんにゅう)、阿弥陀様の救い(正定聚しょうじょうじゅ)が確定する(信楽しんぎょうの信心をたことになる)とのことで、わが人生の最終目的の達成になり、逝けば、弥陀の極楽浄土に往生できると。

親鸞聖人は平安末期にお生まれ(1173年)になり、90歳で往生されました。今年(2023年)で生誕850年を迎えられました。

私の知る限り、親鸞聖人の教えはすべての人(十方じっぽう衆生しゅじょう)を救うことができる可能性があると思っている。

親鸞聖人は波乱万丈に生きられ、その根源は阿弥陀様、お釈迦様、法然上人はじめ7高僧の教えを元にした、精神力の強さではないかと思っている。教えをより学んで、できれば同じ年齢まで生きたいとおもう。

みなさまの生き方はいかがでしょうか。
同年代以上の方々には、くれぐれも、体調には気を付けてお過ごしくださいませ。
南無阿弥陀仏

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