1.概要
三つの本願とは十八願、十九願、二十願である。十九願と二十願の導きにより、十八願の真実に転入することができた、とされている。
親鸞聖人は三願転入のご文を、教行信証に述べている。
2.文証・概説
以下文証
「ここをもって愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門(十九願)を出でて永く雙樹林下の往生をはなれ、善本徳本の真門(二十願)に廻入して、偏に難思往生の心を発しき。然るに今特に方便の真門(二十願)を出でて、選択の願海(十八願)に転入し、速やかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓(二十願)、良に由あるかな。ここに久しく願海(十八願)に入りて、深く仏恩を知れり。至徳を報謝せんがために、真宗の簡要をひろうて、つねに不可思議の徳海を称念す。いよいよこれを喜愛し、特にこれを頂戴するなり。「なぜ生きる2」より
(概説)
幸いにも親鸞は、七高僧方のお導きによって、久しく留まっていた弥陀の十九願(万行諸善の仮門)を出て、二十願(善本徳本の真門)に入った。しかるに今特に、その弥陀の二十願(方便の真門)から十八願(選択の願海)に転入させていただいた。選択の願海(十八願)に入ってはじめて、種々に善巧方便されていた阿弥陀仏の、深いご恩が知らされた。この広大な仏恩に報いる一端にもと、弥陀の救いの大切なところを明らかにして、間違いなく皆さんにお伝えしたいと思うばかりである。
3.補足説明
親鸞聖人は比叡山での20年間に渡る厳しい修行をしても、煩悩から逃れることができなかった。下山して法然上人に出会い、教えを受けて、上記の境地に至り、その教導に生涯ををかけた。
この三願は「摂生の願」と言い、「摂」は救い摂ること。「生」は十方衆生(すべての人)のこと。
阿弥陀仏はこの三願で十方衆生(すべての人)を救済する。と













